VISION2270:この世から低栄養をなくし、豊かな社会をつくる

私は、管理栄養士でありながら、松下政経塾第38期生という稀有な経歴をもっています。

松下政経塾とは、Panasonicの創業者である松下幸之助が、次世代の政治や経営分野におけるリーダーを輩出するべく創られた人材育成機関です。私たち松下政経塾出身者は、松下幸之助について、書籍や映像などで学ぶのですが、私が一番考えさせられたのは、「250年計画」についてです。

昭和7年5月5日、所主は端午の節句を期して、全店員を大阪の中央電気倶楽部に集め、そこで先日の体験に触れ、松下電器の真使命を闡明(せんめい)した。

「産業人の使命は貧乏の克服である。そのためには、物資の生産に次ぐ生産をもって、富を増大しなければならない。水道の水は価(あたい)あるものであるが、通行人がこれを飲んでもとがめられない。それは量が多く、価格があまりにも安いからである。産業人の使命も、水道の水のごとく、物資を無尽蔵たらしめ、無代に等しい価格で提供することにある。それによって、人生に幸福をもたらし、この世に楽土を建設することができるのである。松下電器の真使命もまたその点にある」

そして、この真使命を達成するために、建設時代10年、活動時代10年、社会への貢献時代5年、合わせて25年間を1節とし、これを10節繰り返すという壮大な250年計画を提示したのである。

その崇高な使命、遠大な理想に、全員は驚き、感動した。緊張した会場は、いつしか興奮のるつぼと化した。「所主告辞」に続く「答辞」のあと、全員の所信発表が始まった。興奮は頂点に達し、思わず壇上に駆け上がる者が続出した。

松下電器はこの年を創業命知(真使命を知る)第1年とし、以後毎年5月5日を創業記念日に制定、厳粛に式典を挙行している1)Panasonicホームページ『50. 第1回創業記念式を挙行 1932年(昭和7年)』URL:https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/konosuke-matsushita/050.html(最終閲覧日2020年9月27日:)

壮大にして、鮮明。人を惹きつける言葉というものがあるのだろうと感じました。

そして、松下政経塾の設立趣意書には、国家の未来を拓く長期的な展望を描き、実践する者が求められています。

財団法人松下政経塾設立趣意書

わが国は戦後、経済を中心として、目をみはるほどの急速な復興発展をとげてきた。そして、今や一面に世界をリードする立場にまでなってきたのである。

しかしながら、日本の現状は、まだまだ決して理想的な姿に近づきつつあるとは考えられない。経済面においては、円高をはじめ、食糧やエネルギーの長期安定確保の問題など国際的視野をもって解決すべき幾多の難問に直面し、また、社会生活面においては、青少年の非行の増加をはじめ、潤いのある人間関係や生きがいの喪失、思想や道義道徳の混迷など物的繁栄の裏側では、かえって国民の精神は混乱に陥りつつあるのではないかとの指摘もなされている。これらの原因は個々にはいろいろあるが、帰するところ、国家の未来を開く長期的展望にいささか欠けるものがあるのではなかろうか。

そのような正しく明確な基本理念があれば、そこから力強い政治が生まれ、その上に国民の経済活動、社会生活も安心して営むことができ、ひいては国民の平和、幸福、国家の安定、発展ももたらされるのである。従って、今日の国の姿をよりよきものに高め、すすんでは国家百年の安泰をはかっていくためには、国家国民の物心一如の真の繁栄をめざす基本理念を探究していくことが何よりも大切であると考える。

同時に、そのような立派な基本理念が確立されても、それを力強く具現していく為政者をはじめ各界の指導者に人を得なければ、これはなきにひとしいのである。幸いにして、天然資源には恵まれぬわが国ながら、人材資源はまことに質の高い豊かなものがある。まさに人材、とりわけ将来の指導者たりうる逸材の開発と育成こそ、多くの難題を有するわが国にとって、緊急にしてかつ重要な課題であるといえよう。

私たちは、このような観点から、真に国家を愛し、二十一世紀の日本をよくしていこうとする有為の青年を募り、彼らに研修の場を提供し、各種の適切な研修を実施するとともに、必要な調査、研究、啓蒙活動を行う松下政経塾の設立を決意した。この政経塾においては、有為の青年たちが、人間とは何か、天地自然の理とは何か、日本の伝統精神とは何かなど、基本的な命題を考察、研究し、国家の経営理念やビジョンを探求しつつ、実社会生活の体験研修を通じて政治、経済、教育をはじめ、もろもろの社会活動はいかにあるべきかを、幅広く総合的に自得し、強い信念と責任感、力強い実行力、国際的な視野を体得するまで育成したいと考える。

私たちは、この研修によって正しい社会良識と必要な理念、ならびに経営の要諦を体得した青年が、将来、為政者として、あるいは企業経営者など各界の指導者として、日本を背負っていくとき、そこに真の繁栄、平和、幸福への力強い道がひらけてくるとともに、世界各国に対しても、貢献することができるものと確信するものである。

このような松下政経塾が、広く国家国民の期待に十分応え、積極的かつ恒常的に活動していくためにも、公共的機関として運営推進するのが肝要と思う。よってここに、財団法人 松下政経塾の設立を発起する次第である。

昭和54年1月22日2)松下政経塾ホームページ『設立趣意書』URL:https://www.mskj.or.jp/about/setsu.html(最終閲覧日2020年9月28日)

私も松下政経塾に入り、いつもいつもこの”長期的な展望”に悩まされ続けました。人によっては、松下政経塾とは、松下幸之助が描いた理想の社会像を、代わりに実現する者のことだという考えの方もいらっしゃいますが、私はそれだけにないように思います。

そう考えさせられたのが、この250年計画でした。

 

250年計画において、松下幸之助は、産業人の使命は貧乏の克服であると唱えています。当時1932年ということは、250年先は、2182年に向けたビジョンです。

昨今、SDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)という言葉が定着してきています。これは、2015年9月の国連サミットで採択された、国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた目標です。「誰ひとり取り残さない(No one will be left behind)」を理念に掲げ、貧困に終止符を打ち、地球を保護し、すべての人が平和と豊かさを享受できるようにすることを目指し、普遍的な行動を呼びかけています。実現の有無や度合いにはグラデーションが起きるかと思いますが、ビジョンを明示したことで、人はそのビジョンに向かい、力強く邁進することができます。それが、ビジョンの力なのだと、感じています。

私たち松下政経塾第38期生は、2050年のビジョンとして、「新・ゆとり社会~物と心の余裕が日本の道をひらく~」ことをビジョンに掲げました。私たちが考えた「ゆとり」とは、従来の「ゆとり教育」の「ゆとり」と異なり、精神的・物質的の両方に余裕があることを指しています。それが長期的かつ持続的であるということ、また個人のゆとりから得られる社会のゆとりという意味で、「新・ゆとり社会」と名付けています。2050年とは、私たち38期生が還暦前後を迎える年齢です。侃侃諤諤議論した時期が懐かしい思い出ですが、今となっては、自分たちが生きる世界の中で、なにを為し得たいのか、迷った時や悩んだ時のひとつの指針として役立っています。

 

 

2030年 貧困の撲滅

2050年 新・ゆとり社会の実現

2182年 貧乏の克服

・・・では、その先はどんな未来を描いたらいいでしょうか。

 

 

貧困がなくなったら繁栄するのか、ゆとりが生まれたら平和なのか、貧乏が克服されたら幸福なのか・・・きっと人間は、その目標を乗り越えたときに、またなにかを欲する生き物なのだと思います。あらゆる格差を是正することはできても、格差を平坦にしてしまえば、差異が生まれず、そこに共創や成長は生まれない。格差をなだらかに受け入れつつ、個性を受け止める寛容さが、これからの人類が栄えていく上で、必要なことなのかもしれません。

そうした意味で、貧困を撲滅し、貧乏を克服した先の社会は、一面の幸せにすぎず、まだまだ課題の残された社会となっているでしょう。

私たち松下政経塾出身者は、その先の未来にも想いを馳せ、その上で、いまを力強く生きなければなりません。

 

そこに、一人の管理栄養士として、なにを目指すのか、自分が死してなお残す究極の思想とはなにかと自問自答した時に、私は、管理栄養士の使命は、低栄養の克服にある。こう考えているのです。

 

 

低栄養とは、食べ物が手に入らない量的不足の場合、食べ物を摂取しても疾患や精神状態により吸入しにくくなったりする場合、運動などエネルギーの必要量自体が増している場合などが挙げられます。低栄養には、栄養不足だけでなく栄養過多(過剰なカロリー摂取、またはタンパク質、脂肪、ビタミン、ミネラルなどの特定の栄養素やその他の栄養補助食品の過剰摂取)も含まれています。

現在の社会は、かたや飢餓や貧困に苦しみ、かたや肥満や疾患に苦しめられている食の不均衡が生じています。こうした不均衡を是正し、だれもが、こころとからだの健康を手に入れ、一人ひとりが自分らしいライフスタイルを確立し、自己実現できる社会を醸成していくことが望ましい姿だと、私は考えます。

新型コロナウイルス感染症の拡大から、世界的に増えていく死者数をニュースで見ていると、真の健康な社会とはなにかと考えさせられる日々です。感染症や戦争などが起これば、たちまち、多くの命を奪うことになります。多くの命を奪うことは一瞬で、生かすことは容易くない。栄養状態も良好な状態となれば、なお難しくなってくる。それでも、この世が続く限り、低栄養を乗り越え、食から育む健康な未来を築くことが、この先も、目指していくべき指針だと思うのです。

60億分の1の人間になにができるのかといえば、それほど多くはないのかもしれません。それでも、一人の管理栄養士として、人も、自然も、社会も、健康な未来を実現していくために、これからも自分の実践に邁進していきます。

References   [ + ]

1. Panasonicホームページ『50. 第1回創業記念式を挙行 1932年(昭和7年)』URL:https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/konosuke-matsushita/050.html(最終閲覧日2020年9月27日:)
2. 松下政経塾ホームページ『設立趣意書』URL:https://www.mskj.or.jp/about/setsu.html(最終閲覧日2020年9月28日)